JFN Association

全国FM放送協議会(JFN)

「JFN Association」は、JFNネットワーク、及び、加盟38社の各種活動情報(番組、イベント、営業展開等)を掲載しているWeb広報誌です。

CMセミナー2026 AI時代の新しいマーケティングとラジオ局の役割

博報堂ケトル創業者・嶋浩一郎氏講演レポート

 2026年7月16日(木)に開催したCMセミナー午後の部では、博報堂グループのクリエイティブカンパニーである博報堂ケトルのファウンダーで、編集者、クリエイティブディレクターの嶋浩一郎氏をお迎えし、「AI時代の新しいマーケティングとラジオ局の役割」と題して講演を行っていただきました。
 講演では、AIの進化や共創型マーケティングの浸透によって、大きな転換期を迎えているマーケティング業界の現状を解説。そのうえで、ラジオが持つ独自の価値や、これからのメディアとして果たすべき役割について、多くの示唆に富んだ内容が盛り込まれました。これまで当たり前と思われてきた広告や営業の考え方を見直し、ラジオというメディアの可能性を改めて考える機会となりました。

■「手段を選ばない」発想で課題解決に挑む
 嶋氏は1993年に博報堂へ入社し、企業のPR活動に携わった後、2001年に朝日新聞社へ出向。若者向け新聞『SEVEN』編集ディレクターを経て、博報堂刊『広告』編集長を務めました。2004年には「本屋大賞」の立ち上げに参画し、2006年にはクリエイティブブティック「博報堂ケトル」を設立。わずか5人でスタートした同社は、従来の広告会社の枠を超えた課題解決型の組織として成長を続けています。
 博報堂ケトルの社是は「恋と戦争は手段を選ばない」。課題解決のためなら広告、PR、イベント、出版、地域活性化、店舗運営など、手法にとらわれず最適な方法を考えるという思想が込められています。嶋氏はこれを「手口ニュートラル」と表現し、課題に対してゼロベースで最適な解決策を考える姿勢を貫いていると語りました。
 また、自身が少年時代から熱心なラジオリスナーであり、いわゆる“ハガキ職人”だったことにも触れ、本屋大賞や下北沢の書店「B&B」など、これまで手掛けてきた代表的なプロジェクトについても紹介しました。

■変化するマーケティングの主導権
 講演ではまず、企業を取り巻くマーケティング環境の変化について解説がありました。
 かつて広告代理店の役割は、企業が各メディアに割り振った予算の中で広告を制作することでした。しかし現在は、企業がオリエンで提示するのは課題と総予算のみで、解決方法に関してより自由な提案を求める形にシフトしています。「どの媒体を使うか」よりも、「どう課題を解決するか」が重視される時代になったことにより、広告の企画段階から全体設計を担うクリエイティブディレクターの重要性はますます高まっています。また企業側も、宣伝部主導の広告費ではなく、事業投資としてマーケティングを捉えるようになっています。
 嶋氏は、GoogleやMeta、TikTok、Spotifyなどのプラットフォーム企業が制作現場のクリエイターと積極的に対話している点を紹介。そのうえで、ラジオ業界にも広告会社のメディア担当者だけでなく制作現場やクリエイターとの接点を増やし、ラジオの魅力を企画段階から伝えることで、新たな仕事やアイデアの創出につなげてほしいと呼びかけました。

■マーケティングの世界で起きている非連続な4つの変化
①ブランドがAIになる日
 キーワード:AIエージェント
 嶋氏が最初に挙げたキーワードはAIエージェントでした。
 近年、AIは単なる検索ツールではなく、生活者の相談相手へと進化しています。人間関係の悩みから買い物、ファッションの相談まで、多くの人がAIに助言を求めるようになりました。AIが支持される理由は、「否定しない」「相談しやすい」「明確な答えをくれる」などの点にあります。こうした変化は購買行動にも及んでいます。商品選びの際、これまで絶大な影響力を誇っていたインフルエンサーに代わり、AIの意見を参考にする消費者も増えています。
 さらに、消費者側のAIと企業側のAIが対話して商品を提案する「エージェンティックコマース」という新しい購買体験も登場しています。嶋氏は、この変化の本質は広告制作の効率化ではなく、「企業と生活者の関係性の変化」にあると指摘しました。今後はブランド自体がAIエージェントとなり、生活者との対話を行う時代が到来すると考えられます。
例えば、
・アパレルブランドはコーディネートを提案するAIへ
・日用品メーカーは家事の相談役へ
・銀行は資産運用アドバイザーへ
といった形で、ブランドが生活者のパートナーとして機能する可能性があります。
 また、AIエージェントは、会話を通じて生活者自身も気付いていない欲求やニーズを発見できる点も大きな特長です。嶋氏は、こうした未来像がラジオの世界観にも通じると述べました。その例として、TOKYO FMの平日午後のワイド番組『山崎怜奈の誰かに話したかったこと。』を挙げ、パーソナリティの個性を生かしながら、ラジオ特有の「偏愛」と企業の「偏愛」を結び付けるブランデッドAIエージェントを構想。新たなコミュニケーション体験を提供する実験に挑戦したいという熱い思いを語りました。
 AIエージェントの時代は、多くの人とつながりながら、コミュニケーション自体は一対一の対話を中心とする時代へと大きく舵を切ろうとしているのです。

②一業種一社が終わる日
 キーワード:共創マーケティング
 次に紹介されたのが「共創マーケティング」です。
 従来の広告は、競合との違いを訴求する差別化戦略が中心でした。しかし現在は、一社だけでは解決できない社会課題が増え、競合も含めて協力する動きが活発化しています。
 その代表的な事例として、いくつかの取り組みが紹介されました。 
・トヨタ:「モビリティサービス企業」への転換を宣言、異業種との連携による新たな価値創出を推進
・キリン:プラズマ乳酸菌の宣伝ではなく「免疫ケア」を啓発、他社や著名人と連携し市場全体を育成
・日清食品:「完全栄養食」の考え方を普及、業界横断の活動を展開
・花王・コーセー・アイスタイル:肌質に合わない化粧品の廃棄という課題を共同で解決、肌診断や遺伝子検査の活用を促進
 こうした企業同士が共通課題の解決を目指して連携する姿を、嶋氏は「企業版アベンジャーズ」と表現しました。これらは、さらに社会的なムーブメントやニュースを生み出す派生効果もあります。
 これからのマーケティングは、「競争する時代」から「共創する時代」へと、その変化が加速しています。嶋氏は、ラジオ番組が企業同士のコミュニティをつなぐソートリーダーシップのハブとして機能できるのではないかと提言しました。ラジオは元々コミュニティ形成に強いメディアです。だからこそ、社会課題をテーマに企業を集めて、新しいムーブメントをつくる役割を担えるチャンスなのです。

③広告がコンテンツになる日
 キーワード:ブランデッドコンテンツ
 質の低下したデジタル広告が氾濫する現在、広告そのものがコンテンツ化する流れも加速しています。
 その象徴が、世界最大級の広告祭「カンヌライオンズ」です。かつては広告クリエイティブの祭典でしたが、現在は企業のCMOやCEOが集まり、課題解決を議論する場へと変化しています。特にアルコール業界では広告規制が強まる中、ユニークな広告が注目されています。例えばハイネケンは、スペインで地域のバル文化を守る活動を展開、ニューヨークではAI搭載ネックレスの話題に乗じて「AIと友達になるより、パブで人と会おう」というAIを皮肉ったメッセージを掲げ、栓抜き付きネックレスを発売するなど、商品訴求ではなく社会的な話題づくりに取り組んでいます。これらの活動に共通するのは、「商品を売ること」よりも「会話を生み出すこと」です。
 日本でもこうした考え方への関心は高まり、ラジオやエンターテインメントとの連携を通じて、広告の枠を越えたコンテンツづくりへの挑戦が始まっています。これからの時代は、「広告を作る」のではなく、「話題や体験そのものを作ること」がブランドに求められていると嶋氏は語りました。

④枠ではなく世界観に投資する
 キーワード:IP
 最後のテーマはIPと世界観です。
 これまでラジオや雑誌の価値は、聴取率や部数によって評価されてきました。しかし今後は、どれだけ熱量の高いファンやコミュニティを抱えているかが重要になると嶋氏は指摘します。
 その事例として紹介されたのが講談社です。講談社は「雑誌を作る会社」から「ブランドを育てる会社」へと発想を転換しました。『VOCE』や『FRaU』を雑誌ではなくブランドとして捉え、イベント、動画、商品開発などへ展開しています。さらに講談社が誇るコンテンツ『島耕作』の社長就任に合わせ、サントリー「ザ・プレミアム・モルツ」とコラボレーションした事例も紹介されました。
 重要なのは、単に広告枠を販売するのではなく、ブランドやコンテンツが持つ世界観を理解し、それに共感する企業や商品と結びつけることです。こうした取り組みは、従来の広告販売よりも高い価値を生み出す可能性があります。
 嶋氏は、ラジオも同様の可能性を持っていると力強く語りました。番組にはそれぞれ独自の世界観やコミュニティが存在します。その価値を活用すれば、単なるスポンサー枠の販売にとどまらず、新しいコンテンツや企画、ビジネスを生み出せるかもしれません。
 これからのメディアに求められるのは、「枠を売る」ことではなく、「世界観やコミュニティの価値を最大化する」ことです。マーケティングの変化に合わせて、ラジオや雑誌も新たな可能性に挑戦する時代が始まっています。

■まとめ
 今回の講演を通じて見えてきたのは、AI時代にラジオの価値が失われるのではなく、むしろ再評価される可能性でした。一人ひとりに語りかける親密さ、コミュニティを育てる力、本音を伝える力。これらはAI時代だからこそひときわ際立つラジオの強みです。
 嶋氏は最後に、「今までと違う挑戦を、小さくてもいいから始めてほしい」と呼びかけました。
 ラジオ局に求められるのは、枠を売る発想から脱却し、自らが持つ世界観やコミュニティの価値を再定義することです。AI時代の到来をビジネスチャンスと捉え、無限の可能性が期待できる講演となりました。嶋様、ありがとうございました。